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山口地方裁判所萩支部 昭和32年(ワ)6号 判決

原告 横田俵熊

被告 国

国代理人 川本権祐 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

(本件準現行犯逮捕手続並びに捜索差押手続についての判断)

一、原告主張の(一)の事実中、原告がその主張の各中型機船を所有しその主張の各船に対する、その主張のとおりの中型機船底曳網漁業許可証により、底曳網業を営むものであること、およびその主張の年月日にその使用人であるその主張の如き三名の訴外者をしてその主張の各船により福岡県方面に出漁せしめたこと、昭和二九年一月九日右三名の使用人が、原告主張の漁港に上陸中、同所において原告主張の司法巡査に、漁業法第六五条等違反の準現行犯被疑者として逮捕拘引されたこと、その際、当時右三名の使用人等において占有中の原告主張のとおりのものがいずれも捜索差押されたこと、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

よって進んでまず原告主張の司法巡査による準現行犯逮捕が同人の故意又は過失による違法なものであったかどうかについて検討すると、

二、成立に争いなき乙第一号証(現行犯人逮捕手続書)の記載によれば、原告主張の司法巡査が、原告主張の三名の使用人を準現行犯と認めて逮捕した理由は、(1) 壱岐郡箱崎村諸津触赤瀬海岸にある沿岸監視哨勤務員である塚本松三郎外二名が箱崎村江角海岸赤崎沖合約三〇〇米の所で密漁中の底曳網漁業中の中型機船二艘を発見し、(2) 直ちに箱崎村漁業協同組合所有の第三箱漁丸で現場に赴いたところ逃走を企てたので追跡し、(3) 勝本港に入港して稜橋に着けたところを見届けて右事実を警察に届出たので、(4) 右司法巡査が右桟橋に赴き原告主張の使用人の一人である底曳網漁撈長横田三市に対して職務質問をしたところ、前記場所において網をあげたことを申立てたこと、であることが認められる。

そこで、果して右(1) 乃至(4) の如き事実があったかどうかにつき以下に順次判断する。

三、その成立につきいずれも争いがない、乙第五号証・同第六号証・同第一〇号証・同第二六号証の各記載並びに証人塚本松三郎の証言およびその成立につきいずれも争いがない乙第一一号証・同第二四号証の各記載並びに証人松田武央の証言を各綜合し、更には成立につきいずれも争いがない乙第一二号証・同第一三号証の各記載並びに証人江河通敬の証言(但し第一・二回)同草野初芳の証言および検証の結果をも併せ考えると、右(1) 記載の海岸にある沿岸監視哨から、その勤務員である塚本松三郎外二名が漁業法六五条等記載の禁漁区である箱崎村江角海岸赤崎沖合約三〇〇米内外のところで原告主張の中型機船二艘のうち一艘が網を繰り上げているのを望遠鏡(倍率二〇倍)で発見したが、その網の中に相当量の魚が入っていたので、同所で操業したと確信したこと、そこで直ちに箱崎村漁業協同組合は、不正漁業をやっている船を発見した旨通報したところ右組合所有の第三箱漁丸に当時同組合専務理事をしていた堀末吉等が乗船して現場附近に行ったこと、その際原告主張の二艘の船が出発の用意をしていたので、同人等の見守るうち、勝本港指して進路をとったので、右堀等は第三籍漁丸で密漁船としてこれを追跡し、原告主張の右船が勝本港に入港して岩壁に着けたところを見届け、右堀において江河巡査に対して監視哨からの報告の内容並びに追跡の事実を報告したこと、そこで町巡査がこれを聴取した後、原告主張の三名のものに右聴取した事実の有無を尋ねたところ、最初に船からでてきたそのうちの一人が「すみません」と恰も各事実を認めるような供述をし、爾余の二名は、前記場所で網をあげたことは認めたものの、右場所で操業した事実はこれを否認し、「右場所で網をあげていたのは、一月八日沖の島周辺で操業中漁網に沈船様の障碍物を引掛けたので、これを取りはずすため赤崎沖合まで前記各乗船を曳航し、そこで右障碍物を取りはずしたうえ右漁網を引揚げていたのであり、また右場所より勝本港に入港したのは右漁網の破損を修理するためであって追跡をうけて逃走したのでない旨」述べて、それぞれ弁解したこと、然しながら、右司法巡査は右二名が漁網に沈船様の障碍物を引掛けたという場所と、前記船が網をあげていた場所とは距離が大であることは多年壱岐警察にいて現地の状況を知っていた関係上そのようなことはあり得ないと思ったこと、および同巡査が右訴外人等の船に乗船して状況を見分したところ、甲板上散らばっていた魚等は、多年壱岐警察における経験によって得た知識によれば、右の魚は明らかに右禁漁区辺の浅瀬で当日とれた磯魚であると認められたばかりか、漁網も今海からあげたばかりのように濡れていたこと等からみて、右二名の弁解は措信しがたく、かつは最初に船より出て来た前記一名の前記言動もあって、右三名の者等が前記禁漁区で操業してから間もないと信じ、右漁業法等違反の罪が成立することにつきいささかも疑いをさしはさまなかつたこと、以上の各事実がそれぞれ認められ、しかして証人飯田八蔵(但し第一乃至第三回)同横田三市(但し第一・二回)同田島文七の各証言中、右認定に反する部分は前示認定に供した各証拠と対照すると措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる、程の証拠はない。(もっとも成立に争いなき乙第一五乃至一七号各証によれば、原告主張の使用人は三名とも一致して前記沖の島西方で操業中沈船らしきものに引っかけ云々等の弁解をしているが、これは一月一三日の裁判官の勾留尋問の時に述べたものであることは右乙号各証の記載自体に徴し明らかであり、従って前記逮捕当時から四日も経過してのちのことであるから、右時日の経過中最初に下船して「すみません」と述べたものも他の二名に同調して供述を変えたことも考えられ、従って右乙号各証の記載をもってしても前記認定を覆するに足りない。)なお原告は証人江河通敬の各証言(第一・二回)並びに、成立に争いなき乙第三号証の同人の供述記載はその内容において一貫性がなく措信しがたい旨主張し、しかして右乙第三号証の供述記載と右証人の前示第一・二回の各証言とは多少の相違があることはその対比上明らかであるが、大綱においてはほぼ一致していることも亦右対照上明らかであるばかりか、右証人の第一、二回の各証言は、その趣旨においてその信憑性を云々しなければならぬ程の重要な変化がなく、かえって殆んど首尾一貫しており、かつ極めて具体的である点および前示認定に副う各証拠とも殆んど一致していること等の諸点からみて、少くとも前示認定に副う部分は充分措信できるものと考えられ、これを要するに原告の右の主張は採用できない。

四、以上の理由三、において認定した事実によれば、前記司法巡査が前記理由二、に認定した理由に基き、原告主張の三名を前記漁業法違反等の準現行犯と認めて刑事訴訟法第二一二条第二項により逮捕したことにつき、同巡査につき故意がないことは、勿論のこと過失もなかつたというべきである。なんとなれば右使用人等において網をかけたと主張する沖の島周辺と前記使用人等が網を引き上げていたと認められる場所との距離は右使用人の一人である横田三市の証言(第一回)、によれば約二七哩以上もあることが認められるから、前記の事情で現場附近の地理に明るい前記司法巡査が、前示網をはずすため云々との、前示二人の使用人等の弁解をとうていあり得ないものと認めて前示漁業法等違反の罪の成立につき疑いをさしはさまずに前示堀等の報告の内容並びに前示自已自身の見聞した状況からみて右使用人等が前記漁業法等違反の罪を行い終ってから間がないと明らかに認められ、かつ犯人として追跡されていたものとして同人等を準現行犯として逮捕したことは、右使用人等の弁解の背理性に鑑み、まことにやむを得ぬ措置であったと考えられるからである。

五、さすれば右司法巡査が右の逮捕の際、原告主張のものを捜索差押換価処分をしたことについても亦同巡査に故意・過失がないものというべきであることは前示漁業法違反なる事案の性質と前示認定の逮捕時の状況等並びに被告挙示の刑事訴訟法第二二〇条第一項、第二二二条・第一二二条、刑法第一九条の各規定に徴し明らかなものというべきである。

(本件漁業法違反被疑事実に基く勾留等についての判断)

六、原告主張の三名の使用人が右漁業法違反被疑事実について、原告主張の日に右被疑事実についての勾留状の執行を受け、その後右勾留が原告主張の各日にそれぞれ二回に亘って延長され、結局右被疑事実について原告主張の日まで勾留されたうえ、原告の主張の日に右被疑事件については不起訴処分によって釈放されるに至ったことはいずれも当事者間に争いがない。

七、よって進んで原告主張の副検事が、原告主張の右漁業法等違反の被疑事実につき、右の期間原告主張の三名の使用人を勾留したことにつき同副検事に故意又は過失があったかどうかについて判断すると、証人本田糺の証言と、成立に争いがない前示乙第一〇号証並びに同第一一号証の各記載とを綜合すると、被告主張の(a)の(III )の各事実をすべて認めることができ、しかして右事実によれば、右漁業法等違反の被疑事実についての原告主張の三名の使用人等に対する司法警察員本田糺の原告主張の副検事に対する送致手続は刑事訴訟法第二一六条・第二〇三条等の法条に照し適法であったものというほかはなく、そして証人瀬高静樹の各証言(第一・二回)と成立につきいずれも争いがない乙第一五号証乃至同第一七号証とを綜合し更にはその成立につきいずれも争いがない乙第一・第五・第六・第一〇乃至第一三・第二四・第二六の各号証の各記載並びに前示証人塚本松三郎同松田武央の各証言を綜合すると、被告主張の(a)の(IV)(一)・(二)の事実も亦すべてこれを認めることができるばかりか、右各証拠によれば、右副検事は、右三名の使用人の弁解が措信できなかつたこと並びに原告主張の三名の使用人等の既述の差押えられた魚中には「たこ」等の沿岸魚もあったことを前示魚の公売処分の際、魚を買い受けた者から聴取したこと等の諸事実もあって(前示理由六、掲記の釈放の日当日においても、まだ右漁業法違反の被疑事実についても起訴できぬことはないと思っていた程の嫌疑を持ち続けていたこと、ただ右被疑事件につき前記不起訴処分をしたのは、同副検事の慎重な性格から、右.使用人等の弁解を大切にあつかい、ひとえに右弁解にある沈船の有無について時化等のため、これが捜査ができなかつたためであること、右不起訴処分の理由は「嫌疑なし」としたのであるが、これは同検事がその様に信じたからではなく、全く事件処理の都合から単に形式上その様な理由をつけたにすぎなかったこと、以上の諸事実がそれぞれ認められ、証人横田三市(第一・二回)・同飯田八蔵(第一乃至第三回)・同田島文七の各証言並びに原告本人尋問の結果中(右認定に反する部分はいずれも前示認定に供した各証拠に徴し措信しがたく、他に右認定を動かすに足りる程の証拠はない。

右認定の諸事実によれば、瀬高副検事が前記理由六、に掲記の期間右三名の使用人に対して釈放の措置を採らず勾留継続の措置をとったことについては、同検事に故意・過失はないものというべきである。蓋し、右副検事の右の所為は右三名の使用人等の右各弁解の背理性(前示理由四、参照)並びに右使用人の捕獲した魚中に沿岸魚もあったと右副検事において聞知したことおよび右勾留期間中時化が続き捜査が充分できなかつたこと(時化の事実は原告本人も供述するところである)等の諸事実に着目するときはやむを得ない措置であったと判断するほかはないからである。

(原告主張の(三)についての判断)

八、その成立につきいずれも争いがない乙第七号証乃至同第九号証の各記載と証人飯田八蔵(但し第三回の第二三項)・同横田三市(但し第二回の第一一七項第一一八項)の各証言部分並びに成立に争いがない乙第二〇号証の記載並びに証人瀬高静樹の各証言(但し第一・二回、就中第二回の第二〇項乃至二二項・第三五項に注意)を各綜合すると、原告主張の、副検事は、前示理由六、掲記の勾留期間の途中から(本格的には一月二五日前後からと認められる)右勾留の基礎となっている漁業法違反の罪とは別罪である原告主張の中型機船底曳網漁業取締規則違反の事実について、主として原告主張の(三)の(A)・(B)記載の諸事実並びに前述の差押にかる漁物獲中に沖の島周辺で採れたと推測される魚も多かった事実に着目して、前述の漁業法違反被疑事実の取調べと平行してこれが取調べを行った事実、然し右別罪についての取調べ中も前記理由七、掲記のとおり漁業法違反被疑事実についても最後まで嫌疑を持ち続けていたことがそれぞれ認められ、右認定を左右するに足る程の証拠はない。右事実によれば特別の事情のないかぎり、右副検事のなした右別件についての取調べは、実務の慣行に照し違法とは認めがたい。蓋し、右副検事の右の所為は、勾留の基礎となった被疑事実につき嫌疑が解消してこれが捜査を打ち切りながら、右被疑事実について釈放せずにその逮捕勾留手続を利用して別件についての取調べを強行した場合とは異り、勾留の基礎となつた被疑事実についても最後まで嫌疑を持ち続け、右事実だけでも勾留の必要を認めていたのであり、しかも右副検事が右嫌疑を持続し、右事実だけでも勾留の必要性を認めたことにつき合理性があることは前記理由七、に述べたとおりである以上は、これと平行して別罪の取調べをしても特別の事情なき限り不当に被疑者の身柄を拘束したことにはならないと解すべきだからである。もつとも原告は、右別罪の取調べは右副検事の原告主張の操業許可証についての明白な曲解乃至独善解釈に基ずくもので、この点につき同副検事に故意又は過失ありと主張する。

よつて以下この点について検討すると、原告主張の操業許可証に原告主張のとおりの内容の操業区域についての記載があること、右副検事が右許可証の操業区域についての記載に関し、右許可証に福岡県の記載がないのは、右県の行政権のおよぶ海上については操業が許可されていないものと解釈したことはいずれも当事者間に争いがなく、そして証人瀬高静樹の証言(第一・二回)によれば、同副検事が原告主張の別罪についても取調べをなすに至つた主たる動機は同副検事が右操業許可証の記載につき前述のような解釈をとったことにあることが認めらる。そこで同副検事のとつた右の解釈が曲解又は独善解釈であつたかどうかにつき考察すると、前示操業許可証の操業区域についての記載内容と昭和二九年七月一二日付および同年八月二七日付農林省水産庁の通牒・回答等に徴すれば、右許可証記載の操業区についての解釈は矢張り成立に争いなき甲第一号証記載のとおりに解するのが正当であるというべきであり、しかして右解釈によれば前記許可証にある各県名の表示は一応の例示にすぎないものであつて、これに限定する趣旨ではなく、従つて右許可証に記載のない福岡県の沖合海面であつても東経一三〇度以東の海域であるならば、農林大臣の許可区域内に属するものということになるのであるから、これに反する右副検事の前記解釈は結局誤解であるというほかはないが、然しながら右許可証の前記操業区域についての記載については右許可証の記載自体は必ずしも原告主張のように明瞭ではなく、同副検事の前記解釈のように解釈することも可能であり、これを前示甲一号証の最高裁判所の判決のように解すべきか又は右副検事の解釈のとおりに解すべきかはきわめて微妙であつて、とうてい明瞭のものということはできないというべきである(前示乙第二〇号証の記載によれば、長崎県壱岐支庁水産課勤務の松谷市五郎も亦当初沖の島周辺の操業は違反と解していたと認められ、また後述のとおり、当事者間に争いなき原告主張の福岡高等裁判所の刑事補償決定書の理由中の記載並びに前示甲第一号証の記載によれば、のちに起訴された原告主張の右別罪につきこれが審理に当つた一審・二審の各裁判所も亦同副検事と同様の解釈をとつたことが認められる)から、結局同副検事には右のような解釈をして右別罪を取調べたことにつき故意がないことは勿論、過失も亦なかつたものと認めるべきである。(なお原告は、原告主張の三名等において前記勾留中水産庁福岡出張所に対し右許可証の解釈につき水産庁福岡出張所に照会されたい旨強く同検事に要望したと主張するが、証人瀬高静樹の第一・二回証言によれば、そのようなことは勾留当時にはなかつたことが認められ、右認定を覆するに足る程の証拠はない)

九、以上要するに原告主張の各公務員には、原告主張の各所為をなすにつき故意・過失はなかつたものと認められるから、これと反対の事実があることを前提とした原告の国家賠償法第一条に基く本訴請求は進んで爾余の点につき判断するまでもなく失当としてこれを棄却すべきであるが、なお原告は原告主張の三名が後述のとおり刑事補償を得たことを本訴請求の根拠の一にしていると考えられるので、蛇足ながらこの点についての判断をつけ加えることとする。

原告主張の三名の使用人が原告主張の日に福岡高等裁判所より、別紙のとおりの理由によつて刑事補償の決定を受けたことは、当事者間に争いがないが、凡そ刑事補償に基く補償は、同法第一条の文理並びに同法全体の趣旨からみて、無罪の裁判を受けたものに対し国が当該公務員の故意・過失を条件とすることなく、同法第三条に規定する場合を除き無過失賠償の責任を負うものであつて、同法第四条第二項に「故意・過失の有無」を考慮しなければならないとあるのは、ただ補償金の額を定めるについての参考とする趣旨であるにすぎたいものと解すべきであることは右第四条の趣旨により明らかであるから、原告主張の三名の使用人に対して福岡高等裁判所において補償決定をしたからといつて、同裁判所が原告主張の各公務員が原告主張の各行為をするにつき故意又は過失を認めたことにならないことはいうまでもない。

一〇、これを要するに原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、なお訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用してよつて主文のとおり判決する。

(裁判官 中谷敬吉)

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